真剣にやるからこそ見える世界

私の生き方

『楽しい』って何だろう。
ふと考えるきっかけに遭遇しました。

高校3年、後3ヶ月程で高校生活最後の試合前
そんな時に2年生達から話があると集まることになったのです。

2年生から
「顧問のやり方の方針が合わない。
私たちは楽しんでバレーボールをやりたいので楽しく出来きないのであれば退部します」
という話でした。

ただでさえ少ない部員です。
2年生7人中5人がやめることになり、2人しか残らない状況となりました。

楽しいって…何だろう。

毎日怒られながらも必死にバレーボールを追いかける。
人数も少なく、滅多に試合に勝てることもない。
土日も部活があり確かに楽しいことなんてなくて辛いことだけ。

でも何でそれでも私って部活やってるんだろう。

仲良くみんなでワイワイしてることは怒られることもないし
確かに楽しいのかもしれない。
でも私はそういう楽しいという感覚は本当に楽しいと思えるのかな…。
部活ってそういうものなのかな…。
毎日緊張感がない状態で仲良く練習をすることは誰からも指摘されることのない世界
試合でボールを落とすことに何の躊躇もなく周りからは大丈夫大丈夫と言い合って
終わってしまうのではないか。

私は部活にそういう楽しさは求めていないのかもしれない。
バレーボールならバレーボール、サッカーならサッカー、野球なら野球
何の見返りも求めずただそれが好きというだけで、
うまくなりたい勝ちたいという純粋な気持ちだけで
必死に辛い練習に耐え、真剣に自分の弱さと向き合い、乗り越える過程に
見える世界があるのではないか
部活ってそういうものなのではないかと私自身は感じました。

ただみんなで楽しくやることは確かに楽しいと思います。
ただ、それは最初だけだと思うのです。
緊張感も苦しさも何もない世界でその先に残るものって楽しい時間以外に
ないと思います。
それは部活ではなく遊ぶということになるのではないのかな。
中学では部活が義務化されていましたが高校では任意です。
部活をやるかやらないかは一人一人の自由です。

方針が合わなくて、楽しくやりたいのであれば退部を選択することは
それは間違っていないです。
高校で部活をやる義務なんてないのです。

2年生5人は私たち3年の最後の試合を最後に退部することとなりました。

また、高校からバレーボールを始めたいと
初心者で入部してきた子が同学年にいました。

高校からバレーボールをするというのは並大抵の気持ちでは難しいことです。
それでも毎日必死でその子は練習をしていました。

ある日、1日試合が終わった後にいつも試合に出ている
スタメンのセッターの子がその子に

「いいな!〇〇(その子の名前)は、試合に出なくて!!
代わりに出てよ!」と

何気なく言っていたのです。
セッターにはボールが必ず返って来ます。
セッターはボールを触る頻度が多く、怒られる回数も多いです。
悪気はなく何気なくセッターの子はポロっとその子に発した言葉。

後でセッターの子がいない時にその子から言われたことは

「代われるものなら…代わりたいよ!」

と…

私はその一言にハッとさせられました。

その子は毎日毎日必死に練習をしても
どれだけ頑張っても試合には出させてもらえていないんだ…。
練習試合、試合に時間をかけて遠征に行っても外からしか見られない歯がゆさ…
私はこれに耐えられるのだろうか…
それをその子はずっと耐え我慢してそれでも毎日練習しているんだ。

ある試合で私は失敗ばかりで途中でコートから出され
同学年の子と交代しラインズマン(審判)をさせられました。

そのたった数分、その数分ですら私は悔しくて悔しくて仕方なくて
もう耐えられなかったです。
外から見る景色はこんなにも悔しいものなのかと…
その時その子の言葉を思い出しました。
コートの中でプレーさせてもらえることは当たり前なことじゃないんだ。
コートの中でプレーできることはありがたいことなんだ。
たとえ叱られ怒鳴られようともその1つ1つのプレーを大切にしなくちゃとその子のその一言で痛感したのです。

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