早く習い事をやらせなければ…焦り
長女小学校1年生が終わり4月から2年生に
長男は保育園がもうすぐ終わり小学校1年生へ
次男は保育園3歳児クラスがもうすぐ終わり年少クラスへ
低学年の時期がもうすぐ終わってしまったり
小学校に上がったり年少という何かそれぞれが節目となり
何かをやらせるには
早い方が良い
早く何かをやらせなければと
とても焦っている自分がいました。
現時点で
長女は公文・習字
長男は公文・サッカー
次男は何もなし
自分自身も習い事を親に結構させてもらっていたので
きっかけを作ってあげることで子供自身がそれぞれの才能や
好きなことを発見できるのではないかと考えていました。
とにもかくにも習い事をさせなければ始まらないのではないかと…
ちょっと習い事に頼っている感じでもありました。
私は習い事習い事とうるさい方なのですが
主人は習い事には全く興味なし
むしろやる必要ないという考えです。
それでも私が働いているのは
もちろん生活の為にはかわりありまりませんが
働いている意味の大きな1つに
子供の将来の為にやりたいことをやらせてあげるだけの
経済力が必要だと思うからです。
これをやらせてあげなかったから
これになれない
これができないんだと
絶対に思いたくないのです。
私のその思いが過剰になり
習い事をすることで
夫婦仲が悪くなったり
生活が大変になっては
本末転倒です。
その習い事のバランスを見極める必要があります。
ただ習わせれば良いわけではない/バランスが大切!
そこで自分自身の経験を振り返ってみます。
私は母親が習いたかったピアノを物心つく前の3歳から小学校6年1の2歳までやっており
いつ買ってもらったかは全く覚えていないのですが
100万程のピアノを買ってもらった手前
親の期待を裏切っちゃいけないと
辞めるきっかけもつかめず
好きでもないのにずっと続けていった結果が
楽譜もまともに読めず
大した弾けるようにもならなかったという
お粗末な結果となってしまったのです。
もちろんピアノの音色を聞くとどの楽器よりもひきつけられますし
音楽を聴くのは大好きです。
それに指を動かすことで脳に与える影響が良いようなので
派生して良い影響を与えていた部分はあると思うのですが
物事は何よりも毎日の習慣
毎日継続してやることで
大きな成果が表れます。
私のようにピアノの習い事の日だけちょこっと練習するだけでは
上手になるわけがなかったのです。
自分自身の習い事の経験を振り返って感じることは
私は平日働いているのにその休みを週1回の習い事に費やし
その習い事を子供たちの平日の習慣にすることができるのだろうか…と
仕事から帰ってきて18:30~21:00の間にはやることが山ほど詰まっています。
今は上の子二人が平日仕事後に公文に通っています。
土曜日は長女の習字、長男は小学校に上がったらサッカーの少年団に入るか悩んでいる状況で
正直公文の習慣を身につけるだけで精一杯なのに
それ以上に習い事を増やすのはよいことなのか…。
週1回の習い事に通えればもちろん私が安心する部分はあると思います。
子供にとって小さい頃からのお手伝いが大切な理由
母親だからといって全てをやらなければと思う必要はない
今まで子供の習い事で調べているとお手伝いが大切というキーワードが
ちょこちょこ出てきているなと感じていました。
そこでふと感じることがありったのです。
朝5時過ぎに起きて仕事に行くまでフル稼働
仕事で9時から17時半すぎまで働き
急いで保育園と学童にお迎えに行く
帰ってきてからも21時までには寝かせようと
家の中も走って移動して
夕飯準備
洗濯もの
お風呂掃除
食器洗い
子供たちをお風呂に入れてと
毎日毎日繰り返し一人ビジー
何で私だけ一人こんなにバタバタしてるんだろう…
すごく虚しくなってきたときに
自分の上履きを自分で洗うという
宿題が出たのです。
そこでハッとしました。
母親だからといって子供たちの全部を全部
私がする必要はないのではないかということです。
上履きって大人の私でも洗ってみると
結構、力が必要で大変なのです。
保育園でも上履きを使用しているので
3つのうち1つでも洗ってもらえると
とても助かりますし
子供自身も上履きを洗うって
簡単なようで大変なんだなとわかります。
小学校・保育園から帰宅後
使ったものを洗濯機に入れたり
お弁当・箸をキッチンへ持っていったり
お便りを出したり
一人一人が出来ることをやってくれるだけで
とても助かります。
私自身も怒らずにすみ笑っていられます。
子供たちも自立心・責任感がつくことにもなります。
2歳・3歳児はお手伝いが大好き!その好奇心を活かしてあげよう。
お手伝いって双方にとって
良いことばかりなことに気づいたのです。
しかも、お風呂に入る際に上履きを長女が洗っていると
必ずといって良いほど特に2歳児は好奇心旺盛で
自分もやりたい!やりたい!と
見よう見まねでやらないと気がすみません。
料理もそうなのですが
卵料理をしている際に
上の二人に卵を割るのを手伝ってもらっていると
3歳の次男もやりたい!やりたい!と始まります。
イヤ、出来ないでしょ!
殻はボールの中に入ることもありますが
数回やっていくと上手に割れるようになるのです。
この時は👇朝起きた瞬間私が卵を割っていると手伝ってくれました。
餃子を作っている際にも
お肉を皮に挟んでいるのが面白そうだったみたいで
ぐちゃぐちゃになる覚悟でやらせてみると
案の定ぐちゃぐちゃですが見よう見まねで
なんとかやってくれているのです。
お皿も私が拭いていると
やりたい!やりたい!と
フキンと割れない食器をいくつか渡すと
綺麗に拭いてくれるのです。
以外に出来ないと思い込んでいるのは親の方で
子供はやらせてみれば、失敗しながらもできるのかもしれないと思うようになりました。
小学生中学年になもなればきっと
やってといってもやらなくなってくると思います。
自分でやりたいと言ってくれる
好奇心が旺盛な時期に
遊び感覚でやってもらうことで
大きくなっても自然にやる習慣がついているのではないかと感じました。
朝の忙しい時にごみ捨て行く時間が
どうしても私には時間のロスに繋がるので
小学校へ行く前の長女と長男に一度お願いしてみることにしたら
次からは喜んでごみ捨て行ってくれるようになり
本当に助かっているのです。
その子供たちの姿をみて
私も自分の小さい頃を思い出しました。
母親が祖父の自営業を継ぎ酪農をしており
力仕事で毎日大変な姿をみて私も小学校では
酪農の手伝いやお風呂掃除等をしていたな
餃子がぐちゃぐちゃになって全部失敗して捨てたのが
バレたことあったなと
中学生か高校生の時は部活で帰ってきて
祖父・祖母とテレビを観てくつろいでいたら
19時過ぎ頃疲れて帰ってきた母は
何もやっていない状況にものすごく失望されたのを
思い出しました。
まさに同じ状況ですね。
皆で生活しているのに一人母親が全てやらなければならないなんて
おかしいですよね。
確かに自分でやるより
子供がやるのは時間がかかります。
もちろん失敗して何度か叱ってしまったり
あーあというような状況になってしまい
一生懸命やっている子供にやる気をなくさせてしまうような
行動を私がとってしまったこともあります。
それは私が反省すべき点です。
失敗してもそこをグッとこらえて
子供のやりたい気持ちを大切に何度かやらせてみると
上手にできるようになっている姿を目の当たりにします。
お手伝いをやるって実は
すごく重要なことなんじゃないかなと実感するのです。
同じ場所で生活しているのであれば
一人一人がやれることをやることが
大切だと思うのです。
それは巡り巡って自分の為になることに違いありません。
私は母親が仕事で大変であった為
必然的に家事炊事を小さい頃からやらざるを得ない状況で
それをやっていたことで家事炊事は一般的に生活する上で苦労することなく
今に至っています。
そして私の両親、また私自身も子供たちのそばにずっといられるとは限りません。
母親だからといって全てをやってあげることは、
子供たちにとって良いことであるとは限らないです。
少しずつ自分のことは自分でやらせるということは
いずれその子供たち自身の為に必ずなると思っています。
家庭でしか教わることができない『生きる力』を育むことになる何よりも重要なお手伝いという習い事なのではないかなと感じています。